ありがとうの本当の意味。語源と由来、込められた想い

ありがとう

ありがとう。

シンプルですが、中々にアクが強い自分は素直に言えないことも多々ありましたね。 (;^_^
とても簡単な言葉で、本当に素敵な言葉なのですが、なぜ相手や状況によって素直に言えないんでしょうかね?

2017年最後の記事は、おせちにするかお正月にするか、何について書こうかあれこれ迷ったのですが、いろいろな自身の経験も含め、やはりありがとうという言葉について書くことにしました。

ありがとうという言葉の語源と由来、込められた想いについて今回は語って締めくくりたいと思います。

ありがとうの語源

有り難し

ありがとうは漢字で書くと”有り難う”となりますね。
有ることが難しい有り難しめったにない、ということです。

元々仏教が由来の言葉です。

この”有り難し”室町時代から使われ始めたのですが、当時は何か奇跡的なことが起こったり、または予想だにしないものを得たりした時に、”神仏に対して”使われていました。

普通ではまずあり得ない、まず起こりえない、きっと神仏が力を貸してくれたのだろうと当時の人は思ったのだと思います。
そこで神仏を崇め、感謝の意を示し、”有り難きことでございます”といった形で使われていたわけです。

それでは、今でいう”人に対して”のありがとうと同様の言葉は当時存在しなかったのでしょうか?

実はありがとうと同等の意味の言葉として別の言葉が代わりに使われていました。
それが”かたじけない”です。
この”かたじけない”は平安時代の竹取物語の中でも登場します。
なにか相手にしてもらった時に相手へのお礼と感謝を”かたじけない”という言葉に込めて伝えていたわけです。

有り難いが実際に今の意味でのありがとうとして使われるようになったのは江戸時代からです。
江戸時代には神仏以外の”人間に対しても”使われるようになったのです。
時代とともに有り難いの形はくずれていき、有り難うに変化し、現在のありがとうとなったわけです。

オブリガード

ちなみに、このありがとうはポルトガル語の”オブリガード”からきたという説もあります。
当時ポルトガルからやってきた宣教師が広めたという説です。
ポルトガルからきた宣教師としてはフランシスコ・ザビエルとか有名ですね。

オブリガード、アブリガード、アーリガード、アリガート、アリガトー、確かに変化させるとちょっと似てるかもですね。

ただこちらの説はむしろ逆に日本のありがとうがポルトガルに広まりオブリガードとなったという説もあり、真偽ははっきりしていません。

自分が調べた限りでは、元々の”有り難し”という言葉はポルトガルの宣教師が来る以前から使われている言葉で、恐らくありがとうの語源がオブリガード、逆にオブリガードの語源がありがとうというのも両方とも俗説であるという意見が多数でした。

個人的なありがとうへの想い

お店でのありがとう

ありがとうという言葉に対して初めてふと思ったのは、子供の頃でした。

近所のコンビニでお菓子か何かを買おうとレジに持っていった時、会計を終え受け取る際店員さんが”ありがとうございます”と言ったのです。
いえ、いつも言ってるので当たり前のことなのですが、ふとその時に思ったのですね、

何に対して”ありがとう”なのだろう?
と。

自分に対して?

いや、でも自分自身が欲しいから、むしろこちらから買いますし!
むしろ、こちらが”ありがとう”ですし!

そして思ったのですね、じゃ~なぜいつも自分は何も言わずに受け取るのだろう?と。
本当は欲しいものを手に入れてありがとうは自分のはずなのに。

相手のありがとうをいつも完全に無視していた。

誰もありがとうと言っている人がいないから自分もそれが普通だと思っていた。
何も考えずに周りがやっているからそれが普通だと思っていた。

正直、これに気付いたのはいいのですが、小心者の自分はかと言って店員さんのありがとうに対してありがとうと返すのは最初けっこう躊躇しました。
というのも、そんなこと言ってる人見たことない、むしろ店員さんから

”えっ?何この子?だいじょぶ?”

っとおかしな視線を投げかけられるのでは?と思ったのです。

ですが、もうありがとうの意味に気付いてしまった以上、むしろ無視することの方がよっぽど心に痛い、なので最初はボソッとだったのですが、それ以後は”ありがとうございました”と口に出して毎回言うようになりました。

けれど、実際変な顔をされることはありませんでした、いえ当時はちゃんと店員さんの顔を見ていなかったからという可能性も多大にあるかもですが(;^_^
むしろ、今では笑顔で”またご来店ください”と返してくれる方もいたりします。

それは店員さんが自分のありがとうをしっかりと受け取ってくれた証拠なのです。

両親へのありがとう

ありがとうという言葉はとてもシンプルなのに、ほとんど誰に対しても言えたはずのに、唯一あまりまともに言えた試しがない相手がいました。

それは両親でした。

普通そういうのって中学とか高校で終わりますよね。
10代はいろいろ思春期ですし、親には素直になれないこともあるってよく言いますし。
はい、20代になっても自分はそうでしたね、要はいつまでも子供だったわけです。

今思えば、父親にまともにありがとうと言ったこと何回あったっけな?
高校生だった当時は夜中過ぎてもずっと外で遊んだりしていて、心配させてしまったはずなのですが。
過保護か、と全て無視してしまったけど、何度も探しに来てくれたのを覚えています。

自分をよそに最後の最後まで家族全員のことを気遣ってくれました。

母親はどうだったっけな?
基本いつも口喧嘩ばかりしていたな。
自分が20代後半の頃には病状が悪化して、もう自分のことが誰か忘れていることもありました。

それでもある日、病室のベッドの上で、自分を子供の頃の呼び名で突然呼び、手招きをし”こっちに来て”と言ったことがありました。

当時は母は弱音を口にすることが多く、正直それは無理もなかったのですが、自分は”弱音は聞きたくないよ~”と非情な言葉を返してしまいました。
それでも手招きをするので、しぶしぶベッドの側に寄り、

”なに?”
と聞きました。

すると布団からするりと手を出して

”ありがとう”
と言いました。

いつもの自分だったら、”はいはい”で終わらせていました。

照れや恥ずかしさを言い訳にまともにありがとうにありがとうで返せない程に子供だったのです。
けれど、その時の自分が感じたのは、絶対にこれは受け取らなければいけないという想いでした。
受け取らなければ自分自身も一生後悔するだろうと思ったのです。

手を握り返し”ありがとう”と伝えました。
この瞬間に母は命のバトンを自分に渡したのです。

本当はありがとうと言わなければいけないのは間違いなく自分でした。

今母が入院している病院に、子供の頃何度も何度も、夜中でも救急車を使ってまでも発作が起きたらすぐに連れて行ってくれ、ずっと見守ってくれました。
何百回言っても足りないぐらいのありがとうを伝えなくてはならないのは自分でした。
たくさんのありがとうを小さなプライドと子供じみた照れという言い訳で全て覆い隠してきたのです。

両親はもういませんが、その想いは今も自分の中に生きています。

ありがとうは自分にとっては、命のバトンそのものでした。

生きていることへありがとう

本当は全てのことがありがとうな気がします。

1人旅が好きな自分ですが、それも最終的には決して1人ではありませんでした。
ピンチな時も必ず誰かが現れ、助言をくれたり、ご馳走してくれたり、泊めてくれたりしました。
日本からメールで安否を気遣ってくれる友達もいました。

1人旅が好きとか言いつつも、決して1人ではなく、常に誰かしらが支えてくれていたのです。

生きていると、やっぱり中には苦手な人も出てきますよね、ぴく~、っとくることも。
子供の頃だけじゃなく、社会人になっても。

けれど、それもやはりありがとうなのです。
たくさんのことを教えてくれるのです。
たくさんのことを考えさせ、乗り越えさせ、一回り成長させてくれるのです。

生きていることそのもの、両親、祖先、どこか1つでも命を繋げてくれなければ今の自分は生まれなかった。
毎日食べる食事、その命なしに自分は今まで生きられなかった、そしてこれからも。

想いを巡らせれば、毎日1つ1つの小さな出来事が自然とありがとうなのです。
それが自然と口にできることはとても素晴らしいことなのです。

もし近すぎてありがとうを伝えられない人がいたら伝えてあげてください。
口に出さなくても伝えられることはありますが、口にすることで初めてしっかりと伝えられることがやはりあるのです。

なんだかんだでいろいろなことがあっても、しっかりと今日も生きているあなた自身に対してもしっかりとありがとうを伝えてあげてください。

自分自身もこの長文を最後まで読んでくださった方々、貴重な時間を割いてくださった方々、今も周りで支えてくれている方々に本当にありがとうございました。

2018年も充実した良いお年をお迎えください!

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