2018年の十五夜はいつ?お月見の由来と意味は?

十五夜(お月見)

十五夜お月見

日本人には馴染みの深い文化ではありますが、実際いつなのか今いち正確な日付けが分からなかったりします。

十五夜もお月見も、なんとなく団子とすすきのイメージが強いので、秋頃にやるのだろうか?ぐらいの感じです。

うさぎがお餅をついているイメージも強いですね!
このうさぎとお餅というイメージも日本だけで、海外では人の顔だったり、カニだったり、トラだったり様々で面白いです。

今回は2018年の十五夜の日付けと共に、その由来や歴史についてもお伝えしたいと思います。



2018年の十五夜はいつ?

十五夜

2018年の十五夜は9月24日(月)です。

ちなみに昨年2017年度の十五夜は10月4日(水)、来年2019年の十五夜は9月13日(金)となります。
下記は去年2017年~2020年の十五夜の日付けとなります。

・2017年の十五夜:10月4日(水)
・2018年の十五夜:9月24日(月)
・2019年の十五夜:9月13日(金)
・2020年の十五夜:10月1日(木)


年によってけっこうなずれがありますね。
2017年と2019年では3週間近く開きがありました。

自分は勝手に秋の涼しい頃に十五夜は行われるものと思っていたのですが、むしろ早い年は9月中旬が十五夜でした。
9月といったら秋で涼しいどころか、夏も終わったばかりでまだまだ残暑ですね。

十五夜・お月見の由来

盃に移った月(十五夜の由来のイメージ)

そもそも“月を愛でる習慣”は縄文時代からあったとされています。
日本神話の中にも月夜見命(ツクヨミミコト)という名前の神様が存在しています。

十五夜自体のルーツは諸説あるのですが、中国の唐時代の観月宴「中秋節」にあるというのが最も有名な説です。

中国の皇帝は旧暦の8月15日豊作を祈って音楽と共に月に祈りを捧げていたそうです。
この8月15日の月はどこも欠けていない満月のため、中国では“円満・完璧の象徴”として捉えられ、とりわけ大切にされていました。

この中秋節が平安時代に日本にも伝わったと言われます。
主として貴族の間に広まったと言われています。
貴族は月と共に酒と音楽と詩歌を船の上で楽しんだそうです。

個人的にはお花見のような感じで、月を見上げて楽しむというより、人が集まるための口実だったのかなとも思いました。

と、思っていたら、違いました、月は見上げて楽しむものではありませんでした!

むしろ、見下げるものでした!

水面に映った月を楽しんでいたのでした!

当時の貴族は月を“船に揺られて”楽しんでいたのでした。
目の前の水面に映る月、盃に映る月を楽しんでいたのです。

お月見はとても風流なものだったのですね!

この貴族が楽しんでいたお月見は、江戸時代になってようやく一般庶民の間にも広まっていきました。

江戸時代のお月見はただ月を見て楽しむものではなく、“収穫の祈り”の意味も兼ね備えるようになります。
月は“豊作の祈りの対象”でもあったのです。
芋等の収穫の祝いも兼ねていたこともあり、芋名月とも呼ばれていました。

江戸時代の後期から、祭壇を作ってお団子やすすきをお供えするようになったのだそうです。
この頃から現代のお月見のように、お団子とすすきが登場する訳ですね。

ちなみに江戸時代までは日本は月の満ち欠けを基準とした太陰暦を使用しており、当時お月見は8月15日9月13日を指すことが多かったようです。
これが明治6年(1873年)になり、現在も使用している太陽暦へと変わります。

十五夜は満月とは限らない

十五夜とススキ(満月ではない月のイメージ)

新月から満月になるまでの期間は、ぴったり15日ではありません。
実際には14日~16日の間となります。
これは月と地球の公転軌道の関係により起こります。

よって、十五夜の日と満月は1日程ずれることが多いのです。

ですが、例えずれたとしても、およそ1日だけのずれなので、十五夜にはほぼ満月に近い月を楽しむことができます。

今年2018年9月24日の十五夜はというと、満月ではありません。
翌日の9月25日の11時53分完全な満月となります。

ちなみに2021年9月21日の十五夜は満月と十五夜の日がぴったり一致します。
3年後、2021年の十五夜は本当に満月を楽しめるわけです!

十五夜のお供えと食べ物

十五夜とお供え物

十五夜と言えばススキとお団子がお供え物のイメージとして強いですね。

それぞれにどのような由来があるのでしょうか?
また、その他にお供えをするものはあったりするのでしょうか?

ススキ

ススキを稲穂に似せて豊作を祈願しました。

なぜ実際の稲穂を使わなかったのかというと、十五夜の日までに稲の収穫が間に合わない地域があったからです。
そのため稲の代用として、白い尾花を持ち形も似たススキを代用したと言われています。
今では実際の稲穂をお供えする地域もあります。

また、“月の神様を招く依代”としてもススキはお供えされました。
依代は神霊が寄り付く対象物ですね。
月の神様に来てもらい、感謝し、悪いことが起こらないように捧げられました。
お正月に飾る門松の意味合いと似ていますね。

その他に、ススキは“魔除けの意味合い”も兼ね備えていました。
ススキはその葉が鋭いことから邪気を払うと軒先に吊るされたそうです。
ススキを軒先に吊るすことで一年間は病気をしないと言われています。

十五夜の日に飾るススキの本数に明確な決まりはありませんが、5本飾ることが一般的なようです。

月見団子

丸いお団子を月に見立ててお供えします。
この月見団子は、“これからの収穫を祈ってお米の団子をお備えした”のが元々の由来だとされています。
農作物への感謝を示し、健康・幸福を表しているとされます。

十五夜の日は15個のお団子をお供えします(地域によってその数やお供えの仕方には差があります)。
大きさは一寸五分である約5cm(正確には4.5cm)、一番下の段は9個、2段目は4個、3段目は2個となります。

ピラミッド型に山のように積まれる理由は、先端から霊界へ通じて月へ感謝の意を伝えるという意味なのだとも言われます。

元々十五夜にお団子が必須だった訳ではなく、“その時期に収穫された穀物”をお供えしていました。
江戸時代前期までは穀物は里芋等が主流だったようです。
それが江戸時代の中期以降になり、里芋の代わりに米粉が用いられるようになりました。
きっと米粉ですと里芋よりも傷みにくく保存も効くという理由もあったのでしょう。

月見団子は最後に食べることで健康や幸せを取り込む・得られるといった意味合いもあるそうです。

ちなみに中国では、日本のお月見のルーツとされる中秋節で団子の代わりに月餅がお供えされます。

秋の穀物・野菜・果物

ススキと月見団子はお供えに必須のイメージですが、それ以外にも江戸時代には柿・ブドウ・梨等もお供えされていたようです。

どれも秋が旬の果物ですね。

ブドウ等の蔓のある果物等は、月と人のつながりが強くなるので縁起が良いとされています。

また、お月見は芋名月とも呼ばれ、芋等の収穫のお祝いも兼ねていました。
里芋やさつま芋も当時はお供えされたそうです。

ススキと団子以外にも、秋の旬の果物や野菜・穀類をお供えしても良いかもしれませんね。




まとめ

お月見のルーツは中国のお祭りにあったのですね。

自分のお月見のイメージは月・団子・うさぎ・すすき、以上、なわけだったのですが、正直1度も正式なお月見はやったことはないと思います。

幼い頃に両親が団子を作ってお供えしてというのはありましたが、正式に月を見ながら感謝するといった古来のお月見はやった記憶がありません。

農業は月の満ち欠けを頼りに行われていたため、月はとりわけ重要視され、祈りの対象にもなっていた。
月夜見命は712年に編纂された古事記に既に登場しています。
天照大神が“陽”ならば月夜見命は“陰”であり、夜の闇に光を届ける存在、主役ではないがなくてはならない存在とされました。

闇夜に輝く月は、古来から人々にとって特別なもの・感謝の対象でもあったわけです。