葬送のフリーレンはなぜ今人気?なにが面白い?見た感想と共にお伝えします!
2023年秋に始まったアニメの中で、恐らく一番注目を集め人気なのが「葬送のフリーレン」!
アマゾンプライムビデオとNetflixの両方でトップ1・2位のアニメ(2023年10月5日現在)です。
アニメ化される前から評判が高かったのですが、葬送のフリーレンはなぜ今人気なのでしょう?
自分もコミック・アニメ両方を見たので、どんな話かも含め感想をお伝えしたいと思います。
※ ネタバレ少し含みますので、まだ見ていない・ネタバレは困る、という方はアニメを見た後に再訪してもらえると幸いです
目次
どんな話?あらすじは?
魔王討伐後の話に焦点を当て物語が進んでいくのが葬送のフリーレンです。
通常のアニメ・マンガは宿敵との闘いや最終目標までのストーリーに焦点が当てられ、倒すと同時にストーリーも終了しますが、葬送のフリーレンはその全てが終わった後の話です。
勇者一行の中の1人がエルフであるフリーレン。
エルフなので人間よりもずっと長く生きることができますが、他のメンバーは全員人間なので寿命がエルフよりずっと短いです。
フリーレンは50年後にまた会おう、100年ぐらいは諸国を旅すると別れの際にさらっと話しますが、それは他のみんなにとってはずっと先の話、100年後ではもう生きていません。
それまでたんたんと自分のペースで生きてきたフリーレンですが、数十年後勇者がこの世を去った後、“なぜ自分は人間をもっと知ろうと思わなかったのだろうか?”と涙を流し呟きます。
フリーレンは魔法の収集と同時に人間を知る旅に出ます。
その道中かつてのメンバーを再訪し、1つ1つ記憶を拾いあげその意味を理解していくのです。
なぜ人気?どこが面白い?
意外性
まず全ての戦いが終わった後の話、という斬新な設定が多くの読者の興味をひきたてました。
全てが終わった後に一体これからどうやって話を展開させていくのか?
面白くなるか、それとも途中マンネリ化してしまうのか?
いずれにしてもどんな展開になっていくのか話が気になる。
また、テレビでも金曜ロードショーの枠で初回からいきなり2時間スペシャルで一気に放映されました。
これもまた通常のアニメにはない意外性としてSNSでも注目を集め、アニメファンの興味を引きました。
OPがYOASOBI、作曲はヴァイオレット・エヴァ―ガーデンのEvan Call
YOASOBIがオープニング曲勇者を歌っています。
「推しの子」も大ヒットアニメになりましたが、これもオープニング曲はYOASOBIでしたね。
もはや事前にアニメの大ヒットが予想されているからYOASOBIが選ばれるのか、YOASOBIが歌うからアニメも大ヒットするのか、鶏が先か卵が先か、のような状態(いや違うか)です。
ですが、実際に曲は歌詞もストーリーをしっかりと汲んでいてとても良かったです。
エンディングテーマであるmiletのAnytime Anywhereもすごく良い曲でしたね。
また、アニメの中で使われている音楽はEvan Call氏が作曲しています。
Evan Call氏と言えば「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」を担当したことでも有名です。
名門バークリー音楽大学を卒業した注目の若手作曲家です。
葬送のフリーレンの曲の視聴はまだなかったのですが、以下ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンの曲は視聴できます。
今回葬送のフリーレンでは73曲作っていますが、彼の作るオーケストラ調の曲はどの曲も深みがあり心に響きます。
時に切ない・泣けるシーン
勇者が亡くなった後になって気付く、というのがまず切ないです。
千年以上生きていたら、10年という一緒にいた期間ですら人間でいう1週間ぐらいの短い期間なのかもしれません。
フリーレンにとってちょっとの間一緒にいた仲間、詳しく知ろうとも思わなかった、だけれど亡くなった後になってふと涙が流れ気付きます。
時間はちゃんとあったのにもっとなぜ知ろうとしなかったのだろう?
魔法の収集の旅を再開し、人についてももっと知ろうと決めます。
強い言葉やアクションで緩急を使い泣かせる仕込みのような部分(ここまさに泣くとこです的な)が少ないのが良いな、と個人的に感じました。
全くないわけではありませんが、それよりも見てる人がそれをどう感じどう解釈するかに委ねている。
ある人がすっと流す場面にある人ははっとさせれられる。
言葉ではっきり多く伝えるというより、シーンやしぐさなどでそれとなくその意味を伝えているところも個人的に好きです。
心にとまったシーン・言葉
なぜ自分は人間をもっと知ろうと思わなかったのだろうか?
勇者ヒンメルの葬儀の後でフリーレンが涙を流し語ったシーンです。
これは私達にも言えることのような気がしました。
普段いつも一緒にいる身近な人達。
あまりに身近すぎて、なんとなく普段一緒に過ごしそのまま何年何十年と時が過ぎてしまう。
ですが、いなくなった後になって初めて気付きます、もっとちゃんと話をすれば良かった。
なんとなくたわいのない会話をいつもしていたけれど、もっと深く知ろうとすれば良かった。
知る時間はいくらでもあったけれど、それがずっと明日も明後日も続くと思っていたけれど、その人が突然いなくなってしまうことも人生にはあります。
でも…魔法を選んだ
フェルンがなぜそんな魔法の収集に一生懸命になるのか理解できない、と伝えた時の話です。
フリーレンはフェルンも魔法使いになることをあきらめなかったと伝えます。
フェルンは1人で生きていける力さえ手に入るのならなんでもよかったのだと答えます。
“でも…魔法を選んだ”、フリーレンはフェルンに告げます。
なんでも良かったのに、その中でも最終的に魔法をあなたは自分で選んだ、とフリーレンは伝えたのです。
今やっているなにかも最終的には自分の選択です。
数ある選択肢の中でも最終的にそれに決めたのは自分の意志です。
なんとなくやっていることでも、そこにはなにか自分なりの理由がありやっているのだということを告げています。
私1人じゃこの日の出は見れなかったな
港町でヒンメル達と一緒に日の出を見ようと約束し寝坊したフリーレン、
ヒンメルからそのことを咎められますが、その時はみんなが楽しめたならそれで良かったじゃないかと理解できません。
数十年後、今度はフェルンと再び同じ港町を訪れ一緒に日の出を見ます。
日の出は綺麗ですが、それ以上でもそれ以下でもなく、ただの日の出だとフェルンに伝えます。
それでも少し楽しそうに見える、とフェルンに返され、“それはフェルンが笑っていたから…”、と話している途中ではっとします。
本当に大切なのは日の出ではなかったのです。
ヒンメルがフリーレンに伝えたかったことも、日の出だけが楽しみだったのではなく、何よりフリーレンやみんなと一緒に眺める日の出を大切にしたかったのです。
フリーレンはフェルンに、“私1人じゃこの日の出は見れなかったな”、と伝えます。
感想
葬送のフリーレンは落としてしまったものを1つ1つ拾い上げていくような作品です。
その時は考えなかったこと、気付けなかったことを、旅路を辿ることで1つ1つ拾い上げ理解していきます。
分かりやすい起承転結や緩急、迫力のある戦闘シーンが多くあったりするわけではありませんが、その時々で語りかけてくるような作品です。
これが由縁で人によっては面白くない、という感想もあったりするのも実際のところです。
人生を描写していると自分は感じました。
まだ何十年も生きられる、と漠然と生きていると、物事はあっと言う間に過ぎ去っていきます。
なんとなくなあなあで終わらせてしまうからです。
ずっと続くと思っていたものも、ある日突然無くなることがあります。
全てが無くなった後に気付いても、もうそこには2度とありません。
もっと深い部分で見たり・聞いたり・関わったりすることが大切なのだと感じます。
時間が長い短いではなく、どれだけそこに深くいれるか、という部分なのだと思います。
また、単純に旅という行為そのものも本当にたくさんのことを気付かせてくれると感じます。
自分自身旅をすることで、普通に生活していたらまず気付けなかったことがたくさんありました。
強さだけでなく、弱さにも気付くことができました。
葬送は死者と最後の別れをし送りだすことです。
フリーレンにとってはかつての旅路を辿り気付き理解することが本当の意味で送り出すことにもなったのです。
PS. 葬送のフリーレンの英語タイトルやセリフについてもご興味ある方は下記記事にもまとめました(自分の英語の別ブログとなります)
葬送のフリーレンの英語タイトルはなに?英語の漫画やアニメはある?葬送のフリーレン
ウェブサイト
https://frieren-anime.jp/
ウェブサイト (少年サンデー)
https://websunday.net/work/708/
記事内セリフ引用元
原作:山田鐘人/ 作画:アベツカサ | 少年ンサンデー